一生懸命 was once 一所懸命
2017年02月12日
「一所懸命」[イッショケンメイ]は、「昔、武士が賜った『一か所』の領地を命がけで守り、それを生活の頼りにして生きたこと」に由来したことばです。これが「物事を命がけでやる」という意味に転じて、文字のほうも「一生懸命」[イッショーケンメイ]とも書かれるようになりました。今では、「一所懸命」よりも「一生懸命」と表記・表現される場合が多くなっています。
多くの辞書が今も両方を見出し語として載せていますが、新聞社や雑誌社では、外部からの寄稿などを除いて「一生懸命」に統一しているところが多いようです。放送でも「一生懸命」を使っています。
最近、いわゆる「会社人間」の仕事ぶりをもじって、「一社懸命」という表現も見かけました。
ちなみに、「一所懸命」と同じ「一所」を使った四字熟語の「一所不住」[イッショフジュー]は、「主として行脚僧が諸所をまわって『一か所』に定住しないこと」「居所が一定しないこと」を意味します。
(メディア研究部・放送用語 豊島 秀雄)
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あずける or あづける
2016年12月04日
あづける」という書き方は存在しません。
現在の日本語では「ぢ」と「づ」の音は原則として用いず、
「じ」と「ず」に表記されることになっています。
従って「あずける」なのです。
■以上でお答えは終わりですが、関心があればそのルールをお読み下さい。
①、私たちの表記は昭和61年7月1日の「内閣告示第1号」による
「現代仮名遣い」を基礎としています。
もちろん、これは強制力なものではなく
1つの「目安」にすぎません。
そこで基本的には「ぢ」や「づ」は用いず、
「じ」や「ず」を用いることが定められました。
②、その例外は以下の2つです。
【例外1】、同音の連呼によるもの。
例 ちぢむ(縮む) つづみ(鼓) つづく(続く)
〔注意〕「いちじく」「いちじるしい」は,この例にあたらない。
【例外2】、二語の連合によるもの。
例 はなぢ(鼻血) そこぢから(底力) いれぢえ(入知恵)
みかづき(三日月) たけづつ(竹筒) たづな(手綱)
にいづま(新妻) おこづかい(小遣) てづくり(手作)
こづつみ(小包) ゆきづまる ねばりづよい
つねづね(常々) つくづく つれづれ
③、その他に、以下の場合は「ぢ」や「づ」も許容されています。
現在の日本語では「ぢ」と「づ」の音は原則として用いず、
「じ」と「ず」に表記されることになっています。
従って「あずける」なのです。
■以上でお答えは終わりですが、関心があればそのルールをお読み下さい。
①、私たちの表記は昭和61年7月1日の「内閣告示第1号」による
「現代仮名遣い」を基礎としています。
もちろん、これは強制力なものではなく
1つの「目安」にすぎません。
そこで基本的には「ぢ」や「づ」は用いず、
「じ」や「ず」を用いることが定められました。
②、その例外は以下の2つです。
【例外1】、同音の連呼によるもの。
例 ちぢむ(縮む) つづみ(鼓) つづく(続く)
〔注意〕「いちじく」「いちじるしい」は,この例にあたらない。
【例外2】、二語の連合によるもの。
例 はなぢ(鼻血) そこぢから(底力) いれぢえ(入知恵)
みかづき(三日月) たけづつ(竹筒) たづな(手綱)
にいづま(新妻) おこづかい(小遣) てづくり(手作)
こづつみ(小包) ゆきづまる ねばりづよい
つねづね(常々) つくづく つれづれ
③、その他に、以下の場合は「ぢ」や「づ」も許容されています。
ご存知の通り 砕けた言い方
2016年03月06日
知っての通り私は自己矛盾しています。
あなたも知っての通り、彼女が日本に帰ってきました。
As you know, she has come back to Japan. - Weblio Email例文集
あなたも知っての通り、彼女が日本に帰ってきました。
As you know, she has come back to Japan. - Weblio Email例文集
幸運 VS 福
2016年02月06日
「幸運が訪れますように」
「福が訪れますように」
福の中に幸運もある
幸運は、偶然的なイメージ
幸運は、西洋の、カタカナの クリスマス、バレンタインなど
福は 和
物理的な?
。。。 福
VS 幸運
島が反映する。。。。 福
君と出会えて・・・ 福
宝くじ・・・・ 幸運
「福が訪れますように」
福の中に幸運もある
幸運は、偶然的なイメージ
幸運は、西洋の、カタカナの クリスマス、バレンタインなど
福は 和
物理的な?
。。。 福
VS 幸運
島が反映する。。。。 福
君と出会えて・・・ 福
宝くじ・・・・ 幸運
フジヤマと富士山(ふじさん)
2015年10月15日
「フジヤマ」はただの間違い?ある外国人が漢字の訓読みと音読みを間違って、「富士サン」といってしまって、そこから広がってしまったわけ?
私はそう思ったが、少し調べてみたがそうでもないみたいです。
ほんの少しだけ調べてみたが、結論から言うと、
大昔は、日本でも「富士の山」と呼んだりしましたので、それが「ふじやま」になった、あるいは外国人があれを省略しただけらしいです。日本にも「フジヤマ」と読んでいる年配の方もいるかもしれません?
Chūō Kōronsha, 1916
富士の山は旣に死んた山ではないか、
僕には阿蘇山とか淺間山とか露島山とかいへば活ける英雄に接するの趣があるが富士
の山は全〜死んだ人問に遭ラやうな心地がする、富士の山は火の山といぷのださう ...
この三つの山の中で、現時点では二つが「~やま」と呼ばれているらしいですので、三つも、富士を含んで四つも昔「~さん」でなく「~やま」と呼ばれていたと思えるようですね。
....
富士山が最初に外国に紹介された幕末のころ、富士山が見える横浜の外国人居留地の日本人が「ふじやま、ふじのやま、ふじのおやま」といっていたからです。
浅間山(あさまやま)のように、以前は山は「やま」が多かったのです。山を「さん」というのが増えたのは明治以降のことです。地理学者や陸軍が作成した地図での読み方が、教育やマスコミを通じて広まったのです。
中国で「長江 changjiang」と呼び「揚子江」なんて呼ばない川を、日本ではしつこく「揚子江」と呼び続けているのも同じです。日本の塔を「東京塔」でなく英語 で「東京タワー」と呼ぶのに、英語の本場イギリスの塔 Tower of London を日本では今も「ロンドン塔」なんて呼んで、明治時代の漱石の「倫敦塔」が続いているのも同じです。
まだありました。
切腹を西欧では「harakiri」といいます。今の時代劇を見ていても「切腹」とはいいますが「腹切り」という言葉は聞きません。これも、幕末には「腹切り」や「首切り」(斬首のこと)というのは普通に使われていた言葉なんです。
....
日本でも昔の「尋常小学校読本」というのを調べてみると
富士の山 と呼んでいた時代があったようです。
...
ただ、「富士山」の読みですが、日本でも「ふじやま」と読む人は現在でもいます。もしかしたら「富士の山(ふじのやま)」という表現がなにかしら影響しているのかもしれませんね。
...
Nowadays:
固有名詞なので、国語でも社会(地理)でも間違いになると思います。
神が宿るとされ、信仰の対象になっている山は「さん」で、
それ以外が「やま」なのだそうですが、
例外も多数あります。