ぶんきてん、えだわかれ
2016年03月14日
「知らないうちに最良の人生を選択している」
小山薫堂
周囲が愕然とするほど,僕は楽天家である.自己啓発書風の言葉を使うなら,ポジティブシンキングである.たとえば,学生時代にこんなことがあった.
親友の車を借りてドライブに出かけた.購入してまだ1週間も経っていないピカピカのアウディだ.冷静に考えれば,そんな高級車を若葉マークの自分が借りてしまったことが間違いだった.そしてあろうことか,僕はその車で正面衝突してしまったのである.非は信号無視で飛び出して来た先方にあったものの,ピカピカのアウディは一瞬にして無残な鉄の塊となった.そのとき,僕は顔面蒼白に……なるどころか,廃車になりながらも運転者に怪我一つ負わせなかったアウディに感謝しながら,こう思っていた.
「もしここで正面衝突していなかったら,次の交差点で歩行者をはねていたかもしれない.何て自分は幸運なんだろう!」
もちろん車を貸してくれた友人には大変申し訳ないと思ったが,起こってしまった事故は仕方がない.自分でも呆れるほどこういう風に楽天的に考えることで,僕はこれまで人生の辛い場面を乗り切って来た.
なぜ,こういう思考ができるようになったのか? と問われれば,僕は即答できる.父親に言われた一言がきっかけだった.いつ,どういう状況で言われたかは覚えていない.僕が思春期を迎えた頃,父親はしばしばこんなことを言っていた.
「人は知らず知らずのうちに最良の人生を選択している」
当時の自分はその意味がよく理解できなかったが,言葉だけは心の片隅にひっかかった.そしてワインが熟成されるように,年齢を重ねながらゆっくりとその意味を自分の中で咀嚼してきた.
人生は分岐点の連続である.ありえたかもしれない人生が枝分かれしている.きっと自分の人生は,その一番よい枝を選びながら進んでいるのだ.万が一,失敗,敗北のほうを選んでしまったとしても,それは目先の失敗や敗北に過ぎない.よりたくさんの光が届くほうに向かって,人生の枝は伸びているに違いない.
果たして,父親の一言の裏側にあったものとこれが一致するかどうか,実はまだ確かめたことがない.あえて一言だけにとどめ,その全てを説明しなかったことが狙いだったとしたら,彼は見事な結末を導き出したことになる.
全てを教える一言もいいが,相手に熟成させる一言にはさらなる価値が付く.
次の休みがとれたら,久しぶりに親父の顔でも見に行ってみよう.
(こやま・くんどう 放送作家)
ぶんき‐てん【分岐点】
1 道路・線路などが二つ以上の方向に分かれる地点。「鉄道の―」2 物事がどうなるかの分かれ目。「人生の―に立つ」
えだ わかれ [3] 【枝分かれ】
( 名 ) スル
①
木の枝が分かれること。分枝。
>>>>
ぶん‐し【分枝】
[名](スル)植物が幹などから枝を分けること。枝分かれ。「葉の付け根から―する」
②
一本の物が途中から何本かに分かれること。 「何本もの支線が-する」
小山薫堂
周囲が愕然とするほど,僕は楽天家である.自己啓発書風の言葉を使うなら,ポジティブシンキングである.たとえば,学生時代にこんなことがあった.
親友の車を借りてドライブに出かけた.購入してまだ1週間も経っていないピカピカのアウディだ.冷静に考えれば,そんな高級車を若葉マークの自分が借りてしまったことが間違いだった.そしてあろうことか,僕はその車で正面衝突してしまったのである.非は信号無視で飛び出して来た先方にあったものの,ピカピカのアウディは一瞬にして無残な鉄の塊となった.そのとき,僕は顔面蒼白に……なるどころか,廃車になりながらも運転者に怪我一つ負わせなかったアウディに感謝しながら,こう思っていた.
「もしここで正面衝突していなかったら,次の交差点で歩行者をはねていたかもしれない.何て自分は幸運なんだろう!」
もちろん車を貸してくれた友人には大変申し訳ないと思ったが,起こってしまった事故は仕方がない.自分でも呆れるほどこういう風に楽天的に考えることで,僕はこれまで人生の辛い場面を乗り切って来た.
なぜ,こういう思考ができるようになったのか? と問われれば,僕は即答できる.父親に言われた一言がきっかけだった.いつ,どういう状況で言われたかは覚えていない.僕が思春期を迎えた頃,父親はしばしばこんなことを言っていた.
「人は知らず知らずのうちに最良の人生を選択している」
当時の自分はその意味がよく理解できなかったが,言葉だけは心の片隅にひっかかった.そしてワインが熟成されるように,年齢を重ねながらゆっくりとその意味を自分の中で咀嚼してきた.
人生は分岐点の連続である.ありえたかもしれない人生が枝分かれしている.きっと自分の人生は,その一番よい枝を選びながら進んでいるのだ.万が一,失敗,敗北のほうを選んでしまったとしても,それは目先の失敗や敗北に過ぎない.よりたくさんの光が届くほうに向かって,人生の枝は伸びているに違いない.
果たして,父親の一言の裏側にあったものとこれが一致するかどうか,実はまだ確かめたことがない.あえて一言だけにとどめ,その全てを説明しなかったことが狙いだったとしたら,彼は見事な結末を導き出したことになる.
全てを教える一言もいいが,相手に熟成させる一言にはさらなる価値が付く.
次の休みがとれたら,久しぶりに親父の顔でも見に行ってみよう.
(こやま・くんどう 放送作家)
ぶんき‐てん【分岐点】
1 道路・線路などが二つ以上の方向に分かれる地点。「鉄道の―」2 物事がどうなるかの分かれ目。「人生の―に立つ」
えだ わかれ [3] 【枝分かれ】
( 名 ) スル
①
木の枝が分かれること。分枝。
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ぶん‐し【分枝】
[名](スル)植物が幹などから枝を分けること。枝分かれ。「葉の付け根から―する」
②
一本の物が途中から何本かに分かれること。 「何本もの支線が-する」
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